スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | top↑
存在
2005-01-26 Wed 14:02
何でもできると思っていた。

何にでもなれると思っていた。

どこにでも行けて

誰とでも会えて

どんな夢でも

望めば必ず叶うと思っていた。



でも・・・

誰も

生まれる国や

環境は

選べない。

親は子を

子は親を

選べない。

肌の色

髪の色

言葉

貧富

何も選べない。

ほとんどの人は

生まれながらにして

とてつもない

『ハンデ』を抱えている。


良い環境に生まれついたもの

悪い環境に生まれついたもの

世界的規模でみたとき

この究極の環境は

生死すら左右するものだ。

その垣根を越えられる者は

ほとんどいない。

絶対的な不可能は

多数存在するのだ。


おそらく人は

ほとんどの場合

その環境の中で

その時々に「最善」と

思われることを行い続けるしか

できないだろう。

たとえ

その先に何も無くても。


『運命』と言う名の

絶対的な統制者との

空しい戦い。

勝つどころか

相手にもされない事実。


嵐の海の小船のように

翻弄されるしかない

存在にできることがあるとすれば

おそらく

同じような存在と寄り添うこと。

ほんの少し方向を変えること。

そして

自分が力尽きるときに

自分の心を託す存在を

見出すことしかないのだろう。



いつか

心を繋いだ存在が

嵐の先の世界にたどり着くことを

祈って。

嵐は過ぎない。

でも

その先には光があることを

信じて・・・。

















スポンサーサイト
別窓 | ヒトリゴト | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
<<浪漫飛行 | 十六夜の月 | >>
この記事のコメント
持って生まれた運命、
どうあがいても変えられない、せめて
その環境の中での最善を目指して
生きていくしかない・・んですよね。
世界に目を向けると、
まだ日本に生まれた私たちのこの「運命」は、
光を見出せるようにも思えるけど、
国が平和だからとか そういうことじゃ、
なく、
親子の縁、自分の持ってうまれた性質、
出会う人々 ・・すべてが運命として
定められていて、
そこのところを変えようとジタバタしても、
変えられない事実があることに
気付くんですよね、壁にぶちあたってしまい・・
児童虐待で子供が亡くなるニュースを見るたび、
本当に本当にやるせない気持ちになります。
この親の子として生まれてきたばかりに・・
希望を見出すこともなく、ただただ毎日絶望のまま、生きていき、
その短い生涯を閉じてしまう・・

自分の運命を悲観したことがないわけでは
ありません。
それでも、どこかに自分が生きている意味が
あるのだと信じvながら、
その光すら、見ることができなかった人たちの分までも
頑張って生きようと思っています。
2005-01-27 Thu 01:41 | URL | mari #-[ 編集] | top↑
わたしは元々運命論者ではありません。

でも、近年の稀に見る世界的な事件や災害に遇われた方々や残された家族の気持ちを思うとき、偶然って言葉では気持ちのもっていきようが無いって思ったんですね。
「運命」なんだって思わなければ耐えることさえできないんじゃないかって・・・。
でなければ、あまりにも亡くなった人たちはあっけ無さ過ぎるし、残された人たちは辛すぎるもの。
乗り越えられるから与えられた運命であり試練なんだって、生きているものは思うから生き続けていける気がするのです。
2005-01-29 Sat 00:16 | URL | yuri# #NqgXfLUo[ 編集] | top↑
コメントの投稿
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

| 十六夜の月 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。