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「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」
2009-06-06 Sat 08:22
音楽座ミュージカル
「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」
http://www.rsblog.jp/archives/51264629.html#comments

ゲネプロを見させていただきました。
で、観終わった今の感想。

何と言ったら良いんだろう・・・。
簡単には書けないですねー。
僕の拙い文章能力では・・・。
むしろ、劇場で自分の目で身体で心で体感してもらいたい、作品!!

「シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ」は、
とてつもなくドラマチックです。
恐いほどにまっすぐです。
400回も上演されているのに、産まれたての赤ちゃんのように純粋です。


きっとここまでの作品に出逢えた人は相当ミュージカルを見ている人でもそんなにいないと思います。
過去、「シャボン玉」を観た人はもちろんですが、
観た事が無い人もぜひ劇場へ、本当に劇場へ足を運んでください!

観終わった後、
「明日はいつもより少しだけ笑顔でいたいな・・・」と思いますよ。

いよいよ、今日、開幕です・・・。
【東京公演】
2009年6月6日(土)~14日(日)赤坂ACTシアター

【大阪公演】
2009年6月19日(金)~21日(日) イオン化粧品シアターBRAVA!

【神奈川公演】
2009年6月27日(土)・28日(日) グリーンホール相模大野




それにしても、
シャボン玉の(メインテーマで良いのかな?)『ドリーム』という歌。
なぜ、聴くと懐かしく切ない気持ちになるんでしょう~?
なぜ、聴いてるだけで涙がでるんだろう?
不思議です。。。[m:66]


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七つの人形の恋物語
2008-08-20 Wed 13:33
いよいよ上演されます!
楽しみです(^_-)-☆

http://www.ongakuza-musical.com/about/stage/sevendolls/index.php
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「ファントム」純粋で、不器用で。
2005-04-02 Sat 16:39
20050226221100.jpg




「恋愛の達人」を名乗る人が世の中には結構いる。

一方で、いつでも初心者マークのような不器用な人もいる。

わたしはというと明かに後者である。

いろんな映画、芝居を観、本を読み、知識は人並みにある

・・・と思う。

でも、いつまでたっても不器用なままだった。

「恋愛下手」な自分・・・。

劣等感持ってた。


『ファントム』

この作品に出逢って知った。

それでもいいのかも、と。


エリック、ラウル、クリスティーヌ。

ひとつの「愛」に惑う3人。

マドレーヌ。

遅すぎた母性。

ジョヴァンニ。

優しすぎた男(父)。

ナーディル。

実直過ぎる友愛。


誰も、どれも

とてもとても「不器用」な『愛』だったのだ。


純粋で不器用であったからこそ

思い合いながらも

ぶつかり

悩み

傷つけあい

もうほんの少しのところで

解りあえなかった運命の出逢いたち。

それでも

例えそれが生涯消えない傷であっても

お互いに「何か」は残すことができたのだ。


エリックは幸福をこう言った。


「初めてモルヒネを使ったときの愉悦に似ている。

長くは続かないのだ」と。


クリスティーヌは、

「白バラとナイチンゲール禁じられた恋の話」に例えて


「結局、ずっと幸せに暮らせる人など、一人もいないような

気がします・・・」と言った。




『幸せ』は永遠には続かない。

誰であろうと

どこにいようと

どれだけ富があろうと

絶対に続かないのだ。


寂しいこと?

空しい現実?

でも

だからこそ


誰かを愛したとき

純粋さを失ってしまってはいけない。

策略を巡らし

ずる賢く生きてはいけない。

例え不器用であっても。

例えどれだけ傷ついても。

愛を汚してはいけない。

限られた時間しか誰しもないのだから。



3人の奏でた「オペラ」が終わり

静かに「息子」と時を過ごすラウル。

「ファントム」の中で愛においては

おそらく最も過酷な生涯を送った人物。


ラウル、あなたは「愛すること」の

一つの真の姿をわたしに見せて下さいました。

世界一恋愛下手の愛の形を・・・。

あなたの人生は無駄ではありませんでしたよ。







































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『ファントム』―ルシファーに例えられた男
2005-03-26 Sat 14:07
20050226221100.jpg




<エリック>

『悪徳に首までつかりながら、子供のような無垢な心を失って

いないとは!

なぜか彼を見るたび、私はルシファーを思い出す―

天国から落とされるまでは天使だったルシファーを・・・』

ペルシャ人ナーディルはエリックをこう例えた。


<ルシファー>

神の側にいたときは大天使長であり、

「明けの明星」を意味し、「光を掲げる者」、「朝の子」などの

称号を持っていた。「明けの明星」とは金星のことで、この星が

夜が明けてからも最後までその輝きを残すことから。
 
このような称号にふさわしく、ルシファーは堕天する以前は天使

たちの中でもトップの地位にいた。大天使長という最高位にい

て、かつ神からもっとも愛されていた天使であった。天使の中

でも最高の気品と美しさを備えていた。


他に追従を許さぬほどの(御子が別としても)最高の権威と力

を与えられたルシファーはそれにうぬぼれてしまい、そこに彼

の心に魔が差した。

神を超えることができる。神に取って代われると思ったのだ。

そこで、自分に追従するものを集め、反乱を起こすにいたった。


天に戦争が起こった。神の側とルシファーの側の大戦争が。

結果、神が勝ち、ルシファーたちは天より落とされ、姿は醜く

なりサタンとよばれるようになる。



【ルシファーとエリックの類似性】


『私の声は身に備わった美、唯一の力、たったひとつの望み』


クリスティーヌの音楽の天使となり、その心を奪うことになる

さまは、蛇をあやつり、イブの心を奪い堕落させたサタン(=ル

シファー)のようである。

もちろんエリックの行動は、クリスティーヌに恋焦がれるがあ

まりの行動で、ルシファーのように堕落させる目的はなかった

が。

しかし結果的に、「わたしの愛はこの子を破壊し・・・変形

させてしまった」と書いている。


『自他ともに認める、『完全性』への飽くなき欲求』


自ら生み出すものへの完全性への追求は止まるところを知らな

い。たとえどんなに小さなものであっても。

後にそれは、命がけとなるパリの『オペラ座』の工事へと繋が

っていく。


『人の作りだした差別、また無分別への怒り』


特に弱きもの、子供や女性に対しては顕著に現れる。

貧しいから、奴隷だから、弱いから差別され、虐げられ、

屈辱のうちに人生を終わることになる。

これに対する怒り(義憤といっていい)は、すさまじく例えば

唯一の友人ナーディルで出さえ、

『わたしは壁を背にすくみあがり・・・』

と書いている。

また、無抵抗な自然、例えば街などに対する無意味な破壊も

彼にとっては許さざる罪(=強姦)と同義語である。


エリックにとって、他の人間が作り出してきた権威、習慣など

は、そのほとんどが唾棄すべきものであったのだろう。

人間世界に生まれながらも、そこで生きていけなかったエリッ

クは、それが幸いしてその世界に取り込まれることがなったの

だ。

だからこそ、誰よりもある意味平等な視点で物事を見、判断する

こともできたのである。


原作者ルルーが書いた、”世界がすっぽりと入る広い心を持っ

た男”の誕生であった。


しかし、その後のなんたる悲劇!


『これが悔い改めた放蕩息子を、温かく許し迎えるやり方なので

すか?』―エリック


彼のいうところは”神”が彼を温かく許し迎えてはくれなかった

のだ。

放蕩息子は、新約聖書ルカ伝に出てくる、父(神)と放蕩息子

(罪深き人類を表す)の話。

まだ生きている父に遺産を要求し、もらうとスグに父の元から

出て行く息子。散々の放蕩のあげくに、ようやく自らの過ちに

気づき息子は父の元にもどってくる。

あなたの子と呼ばれる資格は無いから、使用人にしてほしいと

訴える息子に対して、父は、

『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それ

から、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。

そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうでは

ないか。』

子牛は最上級のものの例えともいえるから、父の寛大さと愛を

うかがい知ることができる。


エリックは、魂込めて祈りを捧げようとしていた。

放蕩息子のように敬虔に。

他の何もいらない。ただ・・・。

それに対する答えが、


彼にとって絶対的な裏切りの声だったのだ。


ルシファーが二度と天に帰ることは許されず、

神から下された滅びの後は永遠に続く無であるように、

エリックもまた神から見捨てられた存在になってしまった。

少なくとも、エリックはそう信じてしまったのだ。


ここに、この時代最大の悲劇的なオペラの幕があがった。

<勝ち誇ったドン・ジョバンニ>の最終場面の完成

大勢の人が死神に連れ去られ、

想像を絶する大いなる苦しみが生まれた。

クリスティーヌも、ラウルも

そして、生み出した本人エリックさえも

誰もこのオペラの後「正常」ではいられなかった。


カッコーっていうのはね・・・

カッコーは美しい鳥なんだ!


たった一度の交わり。

たったひとつの愛。



ルシファーに例えられたエリックの遺児シャルルの未来が、

せめて幸せでありますように・・・。

















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『ファントム』狂
2005-03-02 Wed 18:34
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数えきれないほど読み

それではまだ足りない・・・。


すっかり中毒ですな(`-ω-´)むぅ。。。



キリスト教徒にとっての

聖書のように

『ファントム』は

わたしにとって

聖典になってしまいました。



特に下巻の

『エリック』と

『エリックトクリスティーヌのフーガ』の章。


運命のオペラ座のへ部分と

「オペラ座の怪人」の部分。


何度も読み

何度もため息をつき

何度も涙し

読むたびさらにエリックの魅力に

嵌まっていく自分を見つけています。



わたしにとって『ファントム』は

今までに無い感覚を与えてもくれています。

エリックは


私の声ののどこに、

人をトランス状態に近い従順さ

にしてしまう力があるのか・・・

さっぱりわからない


と言っていますが、

読んでいる間のわたしは

ちょっとしたトランス状態。

おかげで昼休みに読むときは

必ず携帯タイマーセット。

バイグ機能ONでポケットへ。

そうしておかないと

遅刻します(一度やって懲りたので)。

それでもしばらくは

ポワーン(○'ω'○)???

とした状態が続きます。


前回、

『ファントム』は

エリック自ら天から

スーザン・ケイに啓示を

与えて書かせたと思うと

書きましたが

読めば読むほど

その思いは強くなっています。


この本はエリックの声を

意識の奥に聴かせてくれるのです。

音として認識できないけれど

確かに‘聴こえてくる’のです。


そうでなければ

わたしの状態は説明できないし

わたしの気持ちも説明できない。


今わたしはクリスティーヌの気持ちが

とても理解できます。

実感といってもいいほど・・・。



エリックの

音楽の天使の‘実際の声’を

聴きたいなら

『ファントム』を手にとってください。

読んでください。



その声は私をこの世の殻を破って

遠く宇宙の果てまで誘い、

その不思議に満ちた飛行で

私は心身ともに疲れ果てる。

天使が去ってしまうと、

ただもう眠りたかった。

眠ればまた夢の中で声を聴けるからだ。

―クリスティーヌ


























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『ファントム』
2005-02-26 Sat 23:44
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スーザン・ケイ

あなたに心からの感謝を送ります。

あなたと会うことができたなら

一晩中でも賛辞を送るでしょう。




この作品は『オペラ座の怪人』の

主人公エリック(ファントム)が

生まれるところから始まり

その生涯を描いています。


ガストン・ルルーの原作では謎だった

数々の事柄が見事に描かれています。


わたしが

読みはじめから最後まで感じていたのは

その文章の繊細さ。

一つ一つの言葉の持つ温かさ

そしてやさしさでした。

この物語を書くために彼女が

どれだけの時間を費やしたのか

どれだけの愛情を注ぎ込んだのか

それが作品から溢れているように。


彼女のあとがきの言葉を借りるなら

「わたしが読みたい物語」であり

それはルルーがいっていた


‘世界がすっぽりと入るくらい広い心を持った男の物語’


だったのです。



原作ではファントムの名前は記号のようでした。

別に‘エリック’でなくてよいとおもうくらい。


『ファントム』ではエリックという名前が

初めて意味を持ちます。

わたしは初めて‘ファントム’から解放された

一人の人間としての‘エリック’の途方も無い

生涯の証人となることができました。


彼の生涯のとまどい、悲しみ、怒り

そして最後の破滅に至る絶望感・・・。


稀代の天才でありながら

彼はけっして表の世界で生きることが

許されなかった存在。

理由は

ただ醜いから・・・。



生まれた瞬間から

呪われた存在として宿命づけられたとは。



エリックが本当に欲しかったのは

ほんの些細なこと。

誰でも当たり前なこと。

ただ、それだけだったのに・・・。



彼はいう

「今日が誕生日なわけでもないのだし・・・

いい子でもなかったのだから・・・」


でも彼は自分の正確な年さえも知らない!



わたしは

一人一人の心理描写の繊細さに

ただただ夢中で

ページをめくり続けました。

そして最後まで読み終わったとき

わたしにできたことは

ただ声をあげて泣くだけでした。

それだけしか

わたしにはできなかった。

彼は確かに生きていたのだから。

きっとどこかで・・・。



『ファントム』という作品は

類稀なる才能を持ち

「女性」である作者を通して

エリックが天から書かせたとさえ

わたしには思えるのです。


音楽の天使、

世界に愛の種を蒔いていった天使として・・・。







☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆







ミュージカル後の作品として

『マンハッタの怪人』という作品もあります。

『ファントム』と『マンハッタンの怪人』

この二作品には重大な共通点があります。

全く違う作者が

打ち合わせもなく

全く同じことを考えたというのか!?

これにはかなりショックを受けました。

ご一読あれ・・・。



























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「オペラ座の怪人」 ラウルの生き様
2005-02-09 Wed 14:33
「オペラ座の怪人」に関して

とうとう3回目になりました。


また観に行ってきたのです!

いろいろ考えたり

いろんな人のコメント読んだりして

確認したいことができたから。

完全に抜けていたのかもしれない。

そう思いました。

3重奏だったのにわたしは

ファントムとクリスティーヌしか

観ていなかったのかもと。


ラウル

彼のことを・・・。




以下ネタバレ含みます<(_ _)>






20050209122042.jpg




【なぜ、ラウルだったのか?】


アンドリュー版はラウルの回想として

物語が始まりそして、

ラウルがクリスのお墓をたずねるシーンで

終わります。

なぜラウルだったのか?



原作を一言であらわすと

『愛するがゆえの悲劇』ということになります。

壮絶な悲恋になるんですね。


でも、アンドリューが原作を読んだとき


「こんな美しいラブストリーだと予想していなかった」


という感想をもらしていたようです(映画パンフより引用)。

これが、舞台そして映画を生み出すキッカケになった言葉、

そして彼の「オペラ座の怪人」の原点なら


彼の「オペラ座の怪人」は断じて悲劇や悲恋ではない!


ということになります。




冒頭シーン、雪。

若き日とは比べ物にならないほど年老いてしまったラウル。

彼はオークションでサルのオルゴールを買う。

それは、‘あの日’の思い出の品。


‘あの日’を思い出しながら彼は

ある場所へ向かう。

そこは、彼の最愛の妻が眠る場所。

彼はそこであるものを目にする。


赤い薔薇と指輪。


彼はそこにオルゴールをそっと置く。

真っ白な雪の中に・・・。




わたしは『悲恋』と感じていた。

ファントムとクリスティーヌというより

ラウルにとって・・・。



しかし、アンドリューの想いは違った。

もっと重く、深く、そして大きかった・・・。



ファントムと恐れられ

最愛の人からは音楽の天使と

かつて呼ばれた男は

最愛の人からの愛で人生は生きるに値するもの

独りでも愛せるものということを悟った。



ファントムから愛された女は

彼女の初恋の人であり

彼女を心から愛する人と生涯を分かち合うことを誓った。

彼女の中に生まれた

ファントムへの消せない愛を封印して。


・・・


老ラウルにはすべてわかっていた。


彼女の生涯における自分への変わらぬ愛も献身も。

同時に

彼女の心の中にあったもう一つの愛の存在も。

そして

ファントムと呼ばれ

彼女が音楽の天使と呼んだ男の愛も想いさえも。


それでも彼は愛しぬいた。

生涯をかけて・・・。




アンドリューはどうやらラウルにものすごい十字架を

背負わせたみたいです。


わたしはクリスティーヌが

十字架を背負って生きたように

感じていました。

二人の愛の狭間で・・・。


ファントムが切なかった。

最後は愛で満たされていても

暗闇で生きつづけたであろう彼の人生が・・・。




でも、本当はラウルだった。

ラウルが背負った十字架は

おそらくほとんどの人が背負えないほど

大きく重いもの。

でも彼は生涯それを背負い続けた。

そのことを生涯通して誰一人として

話すことさえしなかったでしょう。



彼の背負った十字架それは

生涯かけてクリスティーヌひとりを

愛しぬくことだけじゃなかった。

彼女とファントムと呼ばれた男の間にある

永遠に消えない愛も想いもすべて含めて

生涯愛しぬくことだった。


ラウルにとって愛するということは

すべてを受け入れること。

その上で愛し続けること。

最後まで愛しぬくこと。


それとファントムと呼ばれたいう男が彼女に表した愛を

ラウルは真実だと心に深く理解したのだとも思います。

彼の想いさえ自分の中に・・・。


何いう深い大きな愛。やさしい愛・・・。




彼女が死んで彼は老いた。

抜け殻のように・・・。

それは全身全霊をつくして愛しぬいた一人の男の姿。

生涯を愛に戦い抜いた勇者の姿。




わたしは最後のシーンでこんなセリフが

聞こえてくるような気がしていました。


「彼女はいったよ。君は待っていたのだろう?

わたしは少し後から遅れていくことにするよ。

君も彼女も二人で話したいことが

たくさんあるだろうからね。


わたしも君に話したいことがあるんだ。

君ならきっと・・・。」




オルゴールと赤い薔薇、そして指輪。

何もかもすべて包み込んいく真っ白の雪が

わたしにはラウルの穢れ無き心に見えました・・・涙














『※妻の墓に、ファントムの大切にしていたサルの玩具を供える

ような人だから、人いちばい優しくて繊細だったのかも。

あのラウルの最後のシーンで、私はラウルって、

なんて愛情深い、できた人なんだろうと感動しました(泣)!!』

【こぶたのヘイブウさんのコメント引用】

こぶたのベイブウさん、あなたのコメントで

目からうろこ落ちまくりました。

感謝、感謝です<(_ _)>

ファントムとラウルって

本質では似ていたのかもしれないですね。

だからこそ成り立ったのかも・・・。



それにしても

マダム・ジリーはなぜあのオペラ座にいたのか?

アンドリューは何を示したかったのか?


悪い頭で考えてひとつだけ思いついたのが

ラストの薔薇と指輪をお墓に置いたのは

彼女かも?ってことくらいかな。

ラウルはすでに彼女からの目配せで知っていた。

ファントムの行方(おそらくすでに亡くなっている)も

お墓にあるであろう彼の生涯の愛の証のことも・・・。

































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私的オペラ座の怪人評
2005-02-06 Sun 01:46
20050204233551.jpg




レイトショーということあり

指定席でのんびり観ることができました。

周りカップル


多!!(゜д ゜)


レイトショーなのに?

レイトショーだから?!

女独りで観てるのわたしだけですか

そうですか・・・(/ω<。)


しかーし!!(`・ω・´)

そんな居心地の悪さも始まってしまえば

No Problem!!

Overtureと共にわたしは一気に

「オペラ座」の登場人物の一人と化していました。



音楽で特徴的だったのは



フルオーケストラ



を使用していること。

大迫力でした!

全身が「音楽」包まれる感じ。

ときには誰よりも気高く・・・。

ときには誰よりも官能的に・・・。

映画観た翌日久々にサントラ買いに走りました。



映像で特徴的だったのは







基本3色がメインで使われていました。

白と黒と赤

ライティングもそれを意識した感じ。


怪人の歩いてきた人生を象徴する黒

イノセンス的イメージでの白

怪人の心を

燃え盛る情熱を象徴する赤

組み合わせたときに爆発しては生まれるせ界。

場面場面の配色は絶妙でした。

どんなワンカットでも切り取れば名場面でしょう。


最後にキャストで注目したところです。

エミー・ロッサム(クリスティーヌ)

パトリック・ウイルソン(ラウル)

二人の歌の美しさは言うに及ばず

イノセンス的愛の象徴としての存在感は

見事だった。

でも、何よりもわたしにとっては



ジェラルド・バトラー



のファントムでした。

彼の歌声には久々に本気でやられました。

役的にも本当にセクシーなんです。

クリスティーヌは二人の男の間で悩み迷っていましたが

わたしならファントムのところへ行っちゃうな。

抱きしめられて

耳元でささやくように歌われたら・・・。


また会いに行きたくなっちゃいました(〃▽〃)








ファントム役については

いろいろ言われてますね。

特に歌についてはずいぶんと酷評されている方も

いらっしゃるようですし。


でもわたしとしては

今回の映画についてはいえば歌も含めて

ジェラルドがベストだったと思います。

確かに他のキャストと比べて彼の歌は

オペラでは無いです。

シャウトしてるし高音域はむしろロックだし。

でもそこがむしろ選ばれた理由ではなかったかとさえ

わたしは思ってるんです。



「オペラ座」という舞台が今回の映画での


「世界のすべて」になります。


ファントムは生れ落ちたときから

世界に忌み嫌われ

思いやりも

憐れみも

もちろん愛も

何も与えられなかった存在としての設定です。

そう考えたとき

ジェラルドのファントムこそ

彼の歌声こそ「あり」なのです!!




世界中の人が「オペラ」(という言語)を歌う(話す)世界。

でもファントムだけは歌えない(話せない)のです。

いや歌わない(話さない)のです。

なぜなら

世界に彼の居場所は最初から無かったから。

生まれたときから彼はこの世界の中で異邦人だったから。

孤独でいることしかできなかったから。


こう思って改めて彼の歌声を聞くと

世界から見たファントムの異形性、異端性が

よりわかりやすく浮き彫りにされていきます。



舞台は一回一回の公演が創り上げる作業ですが

映画はそれそのものが「完成品」となり

後世に残こすものとなります。

それだけに

ある意味で「わかりやすい」キャラクター像を

打ち出しておく必要があったのかなと思っています。


もちろん

ジェラルドの声の魅力はわかりやすさだけでなく

デリケートにまた大胆にファントムの心の奥底を

表現するにも適していたと思いますけどね。


舞台で何度も「オペラ座」見ましたが

官能的な気分にさせられたのは

ジェラルト・ファントムが初めてだったし

終盤での泣かされ方も半端じゃなかったですから・・・。

















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The Phantom of the Opera
2005-02-05 Sat 22:44
【注意】


これから「オペラ座の怪人」を観ようと思っている人は

これから先は読まないでください。

毒になっても薬にはならないことをダラダラと

書いてありますので・・・。



20050209122003.jpg





生まれついての醜さのため

母親にさえうとまれた男

ありあまる才能を持ちながら

無限に深く暗い地下でしか

生きることを許されなかった男

人殺しとしか呼ばれず

誰からも思いやりも

憐れみも与えられなかった男


そして

生まれて初めて知った恋に狂い溺れ

破滅していった男・・・。



昔あなたを尊敬していたわ。

そして同時に恐れ憎んだ。

でも今はあなたの絶望だけが

わたしの心をしめつける


わたしはラウルを愛している

心から

そんなわたしにカレに

あなたは嫉妬した

世界のすべてを破滅させるほどに


でもわかってほしいの

わたしはあなたも愛していたことを

エンジェル・オブ・ミュージックではなく

エリック(あなた)を


わたしの心はずっと

二人の間で引き裂かれていたの

ごめんなさい


それでもわたしは生きていくわ

生涯この痛みを

罪を抱えたままで・・・


(※「エリック」は原作に出てくるファントムの本名)




ごめんなさい。

勝手に代弁してみました。

クリスティーヌの心情を。

まあわたしの中のクリスティーヌですからね。

またこれがすべてでは無いし。


「初めて知った恋に狂い溺れ」

と書きましたが彼が

本当に求めていたのは

何だったのか?

彼にとってクリスティーヌに対する想いは

確かに身を焼き尽くすほどの恋だったろうと

思います。


でもわたしは思うんです。

彼がもっとも飢えていたのは

渇望していたのは

母親に対する愛情ではなかったのかって。

無意識のうちに彼はクリスティーヌの中に

母親を見いたしたのだと。


映画の歌詞の中にも

「君だけがわたしの歌に翼をくれる」(ちょっと違ったかな)

というような表現がありますが

【無償の愛】というものをそこに感じます。


幼い頃

彼は一心に母親の関心を買おうとした。

自分は醜いから一生懸命になって。

それが余計に母親をおびえさせることになるのも知らず。



クリスティーヌは

もっと深いところで

彼のことを受け入れていた。

彼を天使でも怪人も無く

一人の人間(エリック)としての彼を。


結果はどうあれ

ラウルとクリスティーヌより

ファントムとクリスティーヌのほうが

魂の奥底でつながっているように

わたしには感じられてなりません。


それだけに

そう感じてしまうだけに

この物語はわたしにとって

いつまでも特別な意味を持ち続ける

普遍的な人間の物語なのです。


心からどれだけ愛しても

かならずしも叶うわけではない

それでも求めてしまう人間の弱さ哀しさ




ただ一言でいい

「愛している」といってくれたら

たった一度でいい

まっすぐわたしだけを見てくれたなら

それだけで

人生のすべてが暗闇に支配されようと

地獄に落ちようと後悔はしない

あなたはわたしにとって

生涯たったひとりの人だから・・・。
































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| 十六夜の月 |
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